NextLifeオンライン

プチ元気のコツ Vol.26

岩崎 恭子 (いわさき きょうこ)
スポーツコメンテーター
1978年7月21日、静岡県生まれ。幼少のころから水泳を始め、12歳で日本選手権初出場。バルセロナ五輪後は過剰な注目から調子を崩していたが、奮起して1996年のアトランタ五輪にも出場を果たす。1998年に20歳の若さで引退し、現在はレッスンやイベント出演を通じて、水泳の楽しさを伝える活動をしている。

岩崎恭子さんは14歳で1992年のバルセロナオリンピックに出場し、女子200m平泳ぎで金メダルを獲得。
レース後のインタビューで答えた「今まで生きてきたなかで、いちばん幸せです」の言葉が話題を集めました。
賑わう世間とは裏腹にあった当時の気持ちなどを、語ってくれました。

14歳でバルセロナ五輪、金メダル
あの言葉に騒いだ世間に思ったこと
私は14歳で、バルセロナオリンピックに出場させていただきました。あのときは現地に渡ってからも、ずっと調子は良かったんです。決勝のスタート台に立ったときも、純粋に自分が持っているものを出すだけだと思って、メダルは意識していませんでした。それが良かったんだと思います。
ゴールした瞬間は金メダルを獲ったことよりも、まずはタイムに驚きました(女子200m平泳ぎの2分26秒65は、当時の五輪新記録)。自分が出したタイムだとは、思えなかったんです。表彰台で金メダルをかけてもらっても、まだ信じられない気持ち。「君が代」が流れてようやく、自分がメダルを獲ったんだという実感が湧いてきました。
レース後のインタビューで答えた「今まで生きてきたなかで、いちばん幸せです」も、自然に出たものです。あの言葉を14歳の中学2年生が言ったから、騒ぎになった。それは、今では理解できます。
でも当時は素直に言った言葉なのに、とても騒がれて嫌になったこともありました。14歳でも何歳でも幸せなことは幸せだし、大人が勝手に決めつけるようなことはしてほしくなかった。大人から見れば子どもですけど、中学生や高校生って、自分のことを子どもだと思っていないんですよね。そういう気持ちを忘れないようにしようと、その当時に思いました。
幸せの定義や形は、人それぞれ
自分が幸せだと思えるよう過ごしたい
現役時代の食事は、基本的に母が作ってくれたものを食べていました。当時は今ほど栄養学の考えはありませんでしたが、栄養面に気を配って、品数も豊富に用意してくれていました。水泳の試合に行くのに朝の5時集合でもおにぎりを作ってくれたり、家では3食あるのが当たり前だと思っていました。でも自分が母親になってあらためてそれってすごく大変なことだと気づきました。私がオリンピック選手になれたのは、そんな母のおかげだと思って感謝しています。
私の元気のコツは、基本的すぎて恥ずかしいんですけど(笑)、よく食べてよく寝ること。選手時代もそうだったのですが、疲れている状態でベストのパフォーマンスは発揮できません。自分が疲れていたら、小学校1年生の娘にも優しくなれない。疲れると人ってこんなに怒るんだって、娘ができてから知りました(笑)。両親が笑顔で接してくれて、健康に育ててくれたから今の私があるので、娘にもそうしてあげたいんです。
家族みんなが仲良く過ごして、こうやってお仕事もさせてもらえている今も、とても幸せです。幸せの定義は人によって違うでしょうし、私にとってもその形は14歳のころとはまた違います。これからもひとつでも自分が幸せだなと思えるように、過ごしていきたいです。

岩崎 恭子

NextLifeオンライン
Vol.26 冬号の冊子がご覧いただけます。
  • NextLife 冊子を保存する
  • NextLife 冊子を見る